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ヤンゴンプレスを飾った女性たち

■ナターシャ・ツゥインさん(2017年2月号)

今回は今売り出し中の画家であり、ファッションデザイナーでもあるナターシャさんにお話を伺うチャンスに恵まれ、インヤー湖に近いご自宅を訪問した。以前から少々気になるアーティストの1人だった。                           記事で続きを読む

■<創刊三周年特別企画>ティーダ・ティンさん(2016年6月号)

ミャンマーは伝統的に世界でも有数の「男女平等」の国である。女性たちの使命と社会的な役割も高い。だからこの国は女性たちが支えているといわれている。しかし都市と農村部の格差や教育的貧困から生じる問題も多い。今回お招きしたティーダさんは苦難にあえぐ女性たちの食う際に立ち向かう。                           記事で続きを読む

■<創刊三周年特別企画>置田和永さん(2016年5月号)

2度の海外勤務で戦争史観が変わった。旧ビルマで日本軍が行った所業と紳士に向き合い、あの戦争で尊い命を落とした英霊たちへの鎮魂と、せめてもの名誉挽回を考え始めた。その長年の思いが粘り強くせっ折衝したモン州政府を動かし、ついに秦緬鉄道博物館に「世界平和の塔」の建立へとつながった。反日的モニュメントを撤去しての設置だっただけに、まさに快挙といえる出来事だった。                           記事で続きを読む

■<特別企画>ルィン・ルィン・ソーさん(2016年4月号)

50年ぶりに民間から上等量が誕生した。今月からNLDが舵取りをしていくことになった。法の順守と教育に力を入れると名言している新政権だが、国際化が進めば当然語学教育の重要性は増す。そこで今回はこの国の外国語教育の最高峰であるYFLの学長をお招きして、語学教育の現状と今後の課題や方針などをうかがった。                           記事で続きを読む

■<特別企画>蝶野正洋さん(2016年3月号)

まさかこの方が二つ返事でミャンマー初の「国際プロレス大会」へ来ていただけるとは想像だにしなかった。快諾どころか、「親善大使」という重責も引き受けていただいた。会場での任期もすごかった。試合後にツーショットをねだる邦人が後を絶たなかった。さすが、「黒のかりすま」と呼ばれるスタープレーヤーであった。                           記事で続きを読む

■ティン・オンマー・トンさん(2016年2月号)

女性ながらなかなかのキャリアと見識を持つ法律家であった。欧米で法曹学を学び、特に「知的財産権」に関しては数々の国際的な訴訟を手掛け、勝訴へ導いた。新政権になって「教育」と「法の順守」がっ重要課題になっているだけに、彼女の出番は増えそうだ。                    記事で続きを読む

■ヌエ・イン・ウインさん(2016年1月号)

のっけからハイテンションだった。洋楽の大歌手と聞き及んでいたので、大御所然とした方を想像していたあ、あいさつ時に「ハーイ!」と気さくな笑顔で手を握られたときは、少々出鼻をくじかれた。しかし聞けば彼女は家族ぐるみでスーチーさんとも親交があり、今回のNLDの圧勝劇では、大きな役割を果たしたようだ。このあたりの興味深いお話もうかがえた。            記事で続きを読む

■エー・エー・ミンさん(2015年12月号)

日本舞踊でいえば名門流派の家元的な存在である。7歳からはじめたミャンマー伝統舞踊は、すでに43年の年月を経て、今やこの国で知らぬものがいないほどの域に達している。世界的な賞にも輝き、文楽協会からも招待を受けた。国民が愛する希少な文化の継承者だ。                   記事で続きを読む

 

■チョウ・ヤダナーさん(2015年11月号)

気品に満ちた美しい女優さんだった。どこか憂いがあり、日本人的なエッセンスを感じる雰囲気があった。仕事、子育てや人生観においても確固たる信念を持つアカデミー賞女優の今後の作品に注目したい。          記事で続きを読む

 

■エメラルド・ニエインさん(2015年10月号)

その美しさもさることながら、国を想い、国家への堂々たる自説を提言する今年のミャンマー代表への評価はすこぶる高い、気取らずマイペースで優雅に振舞う彼女は、11月5日の東京のステージでどのようなパフォーマンスを見せるか。期待は膨らむ。                          記事で続きを読む

 

■メイ・サバイ・ニョーさん(2015年9月号)

以前どこかでお会いしたような親しさを感じた。あのKiroroの代表曲で国民の葉^とを射止め、次々に”和”のヒット曲をカバーしているせいかも知れない。2年連続で在日同報のために東京のステージでも熱唱し、すっかり日緬両国を結ぶシンガーの”顔”になった。

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■チャン チャンさん(2015年8月号)

4年前に初めて彼女の甘い歌声を聴いた。あのテレサ・テンの代表曲だった。以来、機会があれば一度はお会いしたいと思っていたが、知的でシャイな方だった。ミャンマーのスター歌手として、11月の東京のミャンマー祭りのステージで熱唱する。

 

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■メイ ティンギャン ヘインさん(2015年7月号)

”ペンは剣よりも強し”とはよくいうが、物言えぬ時代にペン1本でよくぞここまで闘ってきたものだと敬服する。権力に臆することなく数々の真実をスクープし、ついに米国から名誉ある賞を授与された。通信社のCEOになった今も、彼女の記者魂は少しも衰えない。

 

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■ソン・ティン・パーさん(2015年6月号)

辺境の地「チン州」からヤンゴンに来て夢を実現させたロックの歌姫は、チン族コミュニティーの支援を受け、アジア、欧米、日本と海外コンサートを開くまでに成長した。小柄だが、パワフルなアクションと個性あふれるハスキーボイスでファンを魅了する。ミャンマーの”ジャニス・ジョプリン”と呼ばれる日も近いか。

 

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■セイン・セイン・ティン博士(2015年5月号)

女性学者に対する偏見と差別に遭いながら、3人の子を抱えて信念を曲げずに研究を続けた。その長く辛い25年の歳月を語ったとき、彼女は思わず涙した。当方も胸を締め付けられる話だった。どれだけ能力や熱意があっても、時代が悪かった。しかし、民政移管で彼女に光明が射した。今やこの国の環境学の第一人者となった。

 

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■キン・モーモー・エイさん(2015年4月号)

ファンに嫌われていくのを悩みながらも、意を決して"悪女”役に徹する事を選んだ。映画界へ飛び込んで早30年になる彼女は、この国では誰もが知る存在だが、私生活では可愛いお孫さんにも恵まれた、心優しきステキな”淑女”であった。

 

 

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■タンタントウェさん(2014年8月号)

ミャンマーで一番人気のスポーツといえばやはりサッカーだ。スポーツチャンネルを回せば、英国のプレミアリーグをはじめ、伊、独、西などのプロリーグの中継がほぼ毎日のように流れており、″マンU″などの強豪チームのファンも少なくない。

 

むろんこの国にもMリーグというプロがあり、国営テレビも放映しているが、F I F Aランク的に見ればまだまだレベルは低いと言わざるをえない。しかし、男子はヤンゴンほか各州や管区ごとに地元チームがあり、こちら

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