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協会設立の背景

ミャンマーに関するニュースが連日のように報道され、急激な民主化政策と経済開放路線を歩みだしたミャンマーに対する世界の目は、2011年12月に米国のクリントン国務長官がこの国を訪問し、アウンサン・スーチーさんと会談をするまで、多少なりとも懐疑的だった。 

 

その後、2012年4月の補選で国民民主連盟(NLD)の候補者43人全員が当選し、スーチーさんが24年ぶりに海外へ出国するなど、ミャンマー情勢はまるでドラマを見ているように日々刻々変化してきている。昨年までなら考えられなかったことが次々と起きている。

 

こうした動きに合わせるかのように、世界、特にそれまで慎重だった西側諸国がこの国に支援や様々なアプローチを始めた。

 

政府レベルでは債務の免除とともにODAなどの援助をきめ、長らく続いていた経済封鎖の解除も時間の問題といわれている。民間レベルではそれまで進出時期をうかがっていた日本企業の数が激増し、ANAも日本~ヤンゴン直行便を再開すると発表、さらに大手コンビニ2社も出店を決定。

 

一方、ミャンマーサイドでも経済活動が活溌化している。その代表例が中古車である。

かっての首都ヤンゴンは600万人の大都会であるが、数万台といわれるタクシーはまだほとんどが20~30年前の日本車で、大半がエアコンすらない。これから雨季を迎え、蒸し暑さが増すヤンゴンでは、利用者にとっては本当につらい。

 

このため、タクシーを生業としている方は、日本の中古車、せめて10年落ちぐらいのエアコン付きに買い替えたいというニーズが急増している。そうした需要をみて、政府は輸入規制を緩和し、既車所有者は優先的に買い替えを認める法改正を行った。


むろん、道路や各種のインフラの整備も急務である。とくに電力。経済活動の拡大に伴い、慢性的な電力不足に拍車がかかり、5月後半からミャンマー各地では1日最低6時間の経過停電が実施されている。これには耐えることに慣れてきた市民もついに怒りを露わにし、ロウソクをもったデモ隊が市役所を取り囲む騒ぎも起きている。

 

 それでも、経済復興のうねりはとまらない。すでにヤンゴン郊外にはいくつかの工業団地の建設がスタートし、土地や不動産の高騰も著しい。・

 洗練された新しい商業施設もオープンし、日本式の美容室やネイルサロンもダウンタウンには目立つようになってきている。

 

 こうした急速なムーブメントは、たとえば日本のローカル空港程度の規模のしかないヤンゴン国際空港をどうするか、あるいは今後益々増加するだろう外国人ビジネスマン用ホテルの不足、あるいは首都ネピドーや第二都市マンダレー以外のヤンゴンと各主要都市を結ぶ交通網の整備など、課題は山積されている。

 

 我々「日本ミャンマー文化経済交流協会」はこの1月発足し、これまで多くの日本企業、とくに中小企業のミャンマー進出のための調査、視察、ご紹介、諸手続を行ってきました。

 日々、お問い合わせも急増しています。しかし、当協会は、単にビジネス活動だけではなく、日本とミャンマーの文化的な橋渡しも行い、因縁浅からぬ両国の友好と交流の促進に努めていく目的で設立されました。


 そのため、今後の情勢について最新の報告を随時させていただきます。ミャンマーに関心があり、正確な情報が知りたい、あるいは本格的に進出をしたいなど、どのようなことでも当協会に気軽にご相談ください。