ミャンマーに赴任した日本人弁護士とラーメン

2013年の9月より、1年間の予定で、ミャンマーの最大都市ヤンゴンにあるシンガポール系の法律事務所に出向しており、現在約8ヶ月になる。

 ミャンマーに来る前は、ニューヨークの法律事務所での研修と、米国西海岸のロースクールへの留学と、合計2年間、充実したアメリカ生活を送っていた。さあそろそろ帰ろうか、という時期に、所属している事務所から「ミャンマーに行ってみないか」との話があった。

 

 「……ミ、ミャンマー?」というのが、第一声である。恥ずかしながら私は、それまで「ミャンマー」という単語自体は知っていたものの、その場所や首都の名前すら知らない体たらくであった(ちなみに、首都はヤンゴンではなく、ネピドーで、2006年に遷都した)。ただ、新聞やネットの記事を読んでいるとちらほら名前を見かけるので、なんとなく最近流行っているらしいぞ、ということだけは知っていた。読者の皆様も、多くの方はおそらくそのくらいの認識ではなかろうか。

 

 そんな状態であったが、色々考えた末、結局ミャンマーに行ってみることにした。実は、私は、ニューヨークでの研修時代、本連載に寄稿したことがあり、今回の寄稿は2度目である。前回の記事は、「ラーメンと弁護士業」がテーマであったが、その最後に、「そこにニーズがあるのであれば、新たなメニューを研究するラーメン屋の気持ちで、新しい分野にも果敢に挑戦していきたい」旨をつづり、実際そのような気持ちでアメリカ生活を過ごしていた。

 

ところで、少し調べてみると、ミャンマーは、2011年に軍政から民主化に舵を切って以降、急ピッチで改革・発展が進み、「アジアのラストフロンティア」等と呼ばれて、日本を含めた諸外国からの投資が急増している国であること、それにもかかわらず、法制度は十分整備されておらず、かつ、現地駐在経験のある日本人弁護士は片手で数えて余るほどしかいないこと、そして、日本のラーメン屋が既に進出していることがわかった。それなら日本人や日系企業もそれなりに進出しているだろうし、法制度の不備で困っている人もいるだろうから、まだミャンマーについて何も知らない私でも、何か役に立てることもあるかもしれない、挑戦しがいがあるかもしれない、そう思い、ミャンマー行きを決めた次第である(なお、ミャンマーを漢字で書くと「緬」(めん)であることも判明した。不思議な縁である)。

 

 

冒頭でも少し述べたが、私の出向先は、シンガポールに本拠を置き、アジア各地に支店を持つ、企業法務を中心業務とする法律事務所である。特に、ヤンゴンオフィスには力を入れており、外資系としては一番古く20年前から現地に根をおろし、現在、外国人弁護士が10名強、ミャンマー人弁護士が25名程と、ヤンゴンでは最大の陣容で業務を行っており、日系のクライアントも多い。外国人弁護士は、日本人は私一人だが、私のほか、アメリカ人、フィリピン人、シンガポール人、中国人、台湾人と、多くの国から人材を受け入れている。また、海外でレベルの高い教育を受けたミャンマー人を多く雇っているのも特徴である。

 このように多様な国籍・バックグラウンドをもつ人材がいるからこそ、かえって事務所員同士の結束は強まっているように思われる。幸いなことに、私もその輪に加えて頂き、平日の仕事や食事はもちろんのこと、週末の息抜き(あるいは仕事)まで、ほぼ毎日一緒に過ごしている。その結果、私の同僚達は、並の日本人よりヤンゴンの日本料理屋(ラーメン屋含む)に詳しくなっている。

 

日本人弁護士の海外での仕事というと、現地弁護士とのいわば「つなぎ役」としての役割をイメージする方が多いかもしれない。すなわち、クライアントから日本語で受け取った情報・要望を、法的観点から整理した上で、英語で現地弁護士に伝え、英語で得た回答を再整理して、日本語でわかりやすくクライアントに説明するという役割である(いわゆる「リエゾン」)。

 

 たしかに、一般に海外では、このような役割は、日本人弁護士の重要な任務の一つではある。しかし、ことミャンマーにおいては、これだけでは全く足りない。なぜなら、ミャンマーでは、長年の軍事政権下で、法教育が著しく停滞した結果、現地弁護士の質に大きなバラつきが生じており、英語ができて、企業法務がわかり、質問を投げておけばあとは回答を待つだけでよいような弁護士は滅多にいないからである。私の出向先も、相対的には、経験豊富なミャンマー人弁護士を揃えているものの、絶対数としては少なく、その結果、彼ら彼女らは極めて多忙になっている。大半の弁護士はまだ若手で、国際的な法律業務の経験は浅く、法的な思考方法やドラフティング、仕事のスピード感等について、十分慣れていない場合も多い。したがって、現地弁護士にクライアントの要望を伝えて、あとは待っているだけ、という訳にはいかない。日本や海外での業務経験を持つ日本人弁護士としては、クライアントからの情報を正確に伝えるのはもちろんのこと、数少ない経験豊富なミャンマー人弁護士から案件の勘所を探り、現地語によるリサーチが必要な部分は若手のミャンマー人弁護士に協力してもらい、他の外国人弁護士と連携して英語でドラフトを仕上げ(当然であるが、日系クライアントといえどもほとんどの契約書は英語である)、ボトルネックになっている部分があればこれを解決する等、主導的に案件を進める必要がある。

 

 また、ミャンマーにおいては、ミャンマー人と日本人との時間感覚の違い、インターネットの不調、電話の不通、政府機関の不応答その他案件をタイムリーに進める上でさまざまな障害が頻発し、これらを一つ一つ乗り越えていかなければならない。

 

 こういったことは、現地法律事務所の内部に入ってみて初めて見えてくる部分であるし、また内部にいるからこそ役立てる部分でもあるので、非常に良い経験になっていると考えている。

 

 

クライアントのニーズを正確に汲み取り、現地弁護士と的確に連携して、案件において主導的な役割を果たすためには、当然自分自身がミャンマー法を理解していなければならない。そのため、日々の勉強と情報収集は欠かせない。

 

 また、最近は報道されることが多くなったとはいえ、日本においては、まだまだミャンマーは知られておらず、外からはその実態が見えにくい国である。それゆえに、敬遠されたり、逆に期待過剰になったりするようなところがあると思う。少しでも実態に近いミャンマーの姿を知ってもらうため、セミナーやニュースレター、雑誌記事への寄稿等を通じ、ミャンマーについての正しい情報を発信していくことが、日本人弁護士としての役割だと考えている。その一環として、本稿が少しでも役に立てば幸いである。

 

 

ミャンマーにおいては、法教育の質が低く、十分な法的素養を持つ人材が少ない。法教育の質を上げることが、弁護士や政府職員のレベルを底上げし、ひいては投資環境の改善につながるものと考えられる。私も、微力ながら何か貢献できればと思っていたところ、たまたま機会を頂き、ヤンゴン大学において、ボランティアで日本の知的財産法について講義を行った。

 

 

ミャンマーは、端的に言って、外国人が住むのにはまだ大変な国である。そのエピソードには事欠かない(これだけで記事3本は書けるが、字数の関係で割愛する。強いてあげるなら、インフラ、中でも電力が非常に弱く、停電が日常茶飯事である。また、ある日突然トイレから下水が逆流したり、雨期には洋服棚から革靴までありとあらゆるところにカビがはえたりと、サプライズも多い)。また、不動産価格が極めて高騰しており、例えば、外国人向けサービスアパートの場合、月4,000ドル前後もする。外国企業の進出にあたっても、インフラの未発達、法制度の不備、人材の不足、汚職の蔓延など、課題は多い。

 

 

しかし、それらを踏まえてもなお、多くの人を惹き付ける魅力のある国であることもまた確かである。ミャンマーの人々は、基本的に誠実でやさしく、人懐っこい(ただしビジネスとなるとタフな一面を見せる)。また、多くは親日派で、タクシーの運転手や道ばたの人から「日本人かい?」と気軽に話しかけられることも多い。そして街を歩いていると、今まさに成長している国の活気、躍動が感じられる。まだこちらにきて8ヶ月ほどであるが、その間にも、日本食レストランの急増や、外国人旅行者の増加、建築プロジェクトの進行等、ダイナミックな変化が見られた。法制度も次々と制定・改正されている。

 

 きっと、5年後、10年後は、今と相当違った姿になっているであろう。形はどうあれ、これからも継続的にその変化を見守っていきたい。そのためには定点観測が大切だ、ということで、今日もヤンゴンに新しくできたラーメン屋にラーメンを食べに行こうと思う。

 

法と経済のジャーナル 5月21日